洲流斗とフラム、同じ向きで

 放課後の教室に、洲流斗(すると)がいる。日直の仕事をしている。端から見れば当たり前のその光景は、多少なりとも彼を知っている者にとっては至極異常な光景であった。いちくら学園の不良といえば二年四組の羽街洲流斗(はまちすると)。二年四組の羽街洲流斗と言えばいちくら学園の不良。そのはずなのだ。
 異常な光景をもたらしているのは、ひとえに相方の存在であった。
 二年四組の日直は二人一組。先ほど消されてしまったが、黒板の右下には『羽街』『フラム』の文字があった。
 羽街洲流斗。男。不良。
 フラム・ロフマーユ。女。フランス人。
「新しいゴミ袋つけたか?」
 黒板消しを綺麗にした洲流斗がフラムに問う。日本語をほとんど話せないフラムはコクコクと頷いた。
「じゃ、古い方は燃やしてきて」
 いちくら学園では、一日の終わりに教室のゴミを焼却炉で燃やすのが日直の仕事のひとつ。当然、今までフラムもそうしてきたはずだが……
「どうした?」
 長い銀髪で片目が隠れているフラム。しかしその表情は困惑のそれだと、洲流斗は悟った。
「まさか……焼却炉の使い方わからねぇのか?」
 フラムは目をそらし、人形のような薄い唇をきゅっと結んだ。

 校舎の西側に焼却炉はある。
 結局最後まで付き添っちまったな。いつもなら相方に全部任せて今頃家に着いてるんだけどな。
 先月、洲流斗が日直の日、相方は藤代火花(ふじしろほのか)であった。帰りのホームルームが終わってすぐ日直の仕事に手を付けたのを見て、「こいつには任せても大丈夫だ」と感じた洲流斗は、「あと頼んだ」とだけ残し、先に帰ってしまった。前年度、二組に所属していたときも、相方の真嶋優(ましまゆう)や緒岸美弦(おきしみつる)に任せて帰っていた。真嶋の方は『わかった! やっとくよ~』と快く引き受けてくれたので問題は無かったが。
 しかし今回はフラムである。言葉も上手に話せない、身長一五一センチのか弱い女の子である。悪い言い方をすれば、頼りないのだ。
 焼却炉にゴミを入れ、扉を閉じる。「ん」と、顎でフラムを呼んだ。足元の操作盤を指さす。
「そのつまみを回すと横の空気穴が開くから、全開にしたらそっちのレバーをカチって鳴るまで下げて……」
 説明に対し、フラムはまた困った表情を浮かべる。日本語が分からないときの顔だ。
 フラムは操作盤の前にしゃがみ込んでいるので、上目づかいで見つめられる形になる。
 ……正直ドキッとした。
「えっと……」
 なんとかジェスチャーで伝えようと試みる。うまく伝わらない。
 ああ、確かに。この感じなら、優しい四組のメンバーは『じゃあ私やっとくから』などと言ってしまうかもしれない。協調性重視の四組の悪い面だ。二組ではそんなことは無い。――だから。
「はぁ……ちゃんと覚えろよ。覚えるまで一緒にいてやるから」
 元二組の俺しか、ちゃんと教えられる人はいない。
 フラムと同じようにしゃがみ、空気穴のつまみを指先で叩く。手首を回して「ここを回すんだぞ」と、まるでおっさんがパチンコを打つジェスチャーのように示してみる。うまく伝わらない。回すというのは分かったが、右回りなのか左回りなのかが分からないようだ。確かに、自分は『右に回す、手首を戻す、右に回す、手首を戻す』と動かしてるつもりでも、『初期位置、左に回す、手首を戻す、左に回す』と見えなくもない。そこで、フラムを指さすように人差し指を立て、円を描くように回してみる。右回り。フラムはつまみに向き直り、つまみを同じように指さし、円を描くように回す。左回り。逆だ。正面から教えたのがいけなかった。同じ方向を向かなきゃな。
 つまみのすぐ横で右回りに円を描く。フラムは確認するように洲流斗の顔を指さし、右回りに回した。
「…………まぁ、多分合ってるよ」
 なんだか変なおまじないをかけられてるみたいだ。お前は魔女か。そして俺はトンボか。
 つまみ、レバーと操作して、焼却炉に火がつく。フラムは達成感からか、「ファア」と――おそらく母国語で――喜びの声をあげた。

 ゴミが燃え尽きるまで時間がかかる。後処理も教えなければいけないため、離れるわけにもいかない。会話は無かったが、ときおり沈黙を破るように焼却炉の中から炎の音が響くため、気まずくはなかった。
 
 ゴミが燃え尽きるまで、二人は煤汚れた小窓から炎を見つめていた。
 炎はまるで脈を刻むようにどうっ、どうっとその身を揺らしていた。

  • 最終更新:2018-01-25 21:12:10

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