店員特典

店員特典



いちくら街商店街外れ、焼き物屋【ゆのみ】作業場にて。
「おゆの てんちょー、あたらしいの つくるの?」
「そうだよー!湯呑みだよー!」
湯飲白湯の肩からエンが興味津々に台に乗せられた粘土を覗き込んだ。湯飲の周りをくるりと見渡すも粘土は台に乗せられた一欠片だけだ。湯飲はいつも纏めて焼くはずだ。珍しい。
「いっこ だけ?」
「一個だけ! これはエンちゃん用の湯呑みになる予定の粘土!」
「えんようの ゆのみ」
湯飲の言葉を繰り返す。自分専用に作られた湯呑み。
ゆのみにはおやつタイムが何度かある。人好きの店主が客が来てくれたことに喜んで、その都度お菓子と白湯を出すのだ。お茶ではなく白湯なのは完全に店主の好みである。曰く、お湯なら何のお菓子にも合うから。勿論お菓子の入れ物や湯呑みは【ゆのみ】で作られたものだ。
「そう!お湯さんのお店で働いてくれるに人はその人用の湯呑みを作ってるんだけど、そういえばエンちゃんの分まだだったなって思ったの!今作るよ!お客さんと同じだとわかんなくなっちゃうもんね!あ、好きな形とかデザインとかあったら取り入れるけどある?」
「ゆうのも?」
「真嶋くんの?」
「うん」
店員用に湯呑みを作っているということは、エンがバイトとして【ゆのみ】に来る前から居たもうひとりのアルバイト、真嶋優(ましま ゆう)の湯呑みもあるはずだ。湯飲は「皆の棚」と貼り紙のされた棚を指さした。
「あの羽の生えた魚と魚の尻尾ついた鳥のやつは真嶋くんの湯呑みだよー!お湯さんのはその隣のやつとかその奥のヤツとか色々!」
魚と鳥を混ぜたデザイン。想像してみるも禍々しいものしか浮かばない。エンはちょこちょこと棚の方へ向かうと近くに置かれた椅子を踏み台にして中を覗いた。真嶋の湯呑みは浅く凹凸のついたものだった。絵の部分が少し盛り上がっている。言葉だけの説明で想像した禍々しいデザインは、案外と綺麗に仕上がっていた。湯呑みは青や緑、紫、赤、ピンクと沢山の色が使われており派手ではあるが色が浮く事はなく纏まって見える。謎生物である羽の生えた魚や魚の尻尾のついた鳥も、多色のおかげなのか特別違和感があるわけではない。
「かたち でざいん……。うーんとね、あのね」
エンは椅子に乗ったままきょろきょろとあたりを見回した。ふと棚の飴の袋が目に入る。飴玉と棒付き飴の袋が二つずつ。飴玉の袋は定期的に補充される店用のものだ。棒付き飴は真嶋個人のものだろう。
「あめが いい」
「飴? わかった!! 今からつくるからエンちゃんお店番よろしくね!」
湯飲は楽しそうに笑って作業にとりかかった。エンも椅子を元の場所に片付けると作業場から店に戻ってカウンターに立つ。作業場からは飴ちゃん飴ちゃん飴ちゃんちゃん〜、とのんきな即興の歌らしきものと小さなラジオの音が混ざって聞こえてきていた。
平日の昼間だ。学生は学校、学生以外もきっと仕事だろう。当然ながら客足は少なかった。
焼き物屋に頻繁に訪れる用事や必要はあまりない。一度購入してしまえば暫くは必要ないのだ。店主と話をする目的でふらりと訪れる客もいるが、その客相手に商品をおすすめする必要も特にない。つまりは暇なのだ。忙しくない分楽でいいとは思う。お菓子もあるし。
エンは【ゆのみ】の引き戸の前を人が通り過ぎるのを眺めながら湯飲と出会った頃のことを思い出していた。

「足痛くない!?」
「?」
いつも通り靴を履かず靴下だけで神社の周りをぶらついていたエンの背後から驚いたような声が飛んできた。振り返るとパーカーにショートパンツとショートブーツという簡単な格好をした女性が駆け寄ってくるところだった。
「いたくないよ」
「そっかー! じゃあいいや! 素足族なんだ!」
女性は安心したのかへらりと笑顔を見せた。見たところ人間だ。髪と眉毛や睫毛の色が白っぽい水色なのが目を惹くが散歩をしていて出会う人間の中に派手な髪色の者はよくいる。別に不思議ではない。不思議そうに女性を見つめていると女性がはっとして、それからすぐに笑顔になりピースサインを作った。
「初めまして! お湯です! ふわっと適当によろしくしてください!」
「おゆ…? はじめまして。えんだよ、こちらこそ よろしく」
不思議な名前だが、そういう人間もいるのか。エンはペコリと頭を下げた。
「何してたのー?」
「なに…おさんぽ? かも」
「そっかー! 散歩いいよねー! 出会いいっぱいあるもんね!」
「であい?」
「今お湯はエンちゃんに出会えてるよ! ハッピーハッピー!!」
「はっぴーはっぴー…」
エンは心底嬉しそうに笑う湯飲を興味深そうに見つめた。出会えただけでハッピーになれるなんてお得な人だ。
「おとくな ひと だね」
思ったことをそのまま口にすると相手は心底楽しそうに笑った。エンは彼女は毎日楽しいタイプだろうなと思った。
「お得かー! そうかもしんないね!」
「おとく いいよね。えん いま おかね ほしいから おとくな ひとって いいと おもう」
少しずれたことを言うエンに湯飲は目を瞬かせた。
「お金に困ってるのー?」
「うん。 あるばいと さがそうかなって おもってる ところ」
「ウチくる?」
「?」
湯飲の提案に今度はエンが目を瞬いた。
「お湯、商店街の外れの方で焼き物屋やってるんだけどさ! よかったら一緒にお店やる?」
「やきものやさん…なの?」
学生だと思っていた。湯飲は続ける。
「そう焼き物屋さん! 特にやることはあんまりないけど、お店番してくれると嬉しいなー!」
「それだけで いいの?」
「いいよー! あ、勤務中に焼き物も焼いていいよ! あとなんだろうなー、お菓子出るし、お客さんと世間話とかもできるね! お話するのめっちゃ楽しいよ! だいぶ自由なお店だから好きなことしててもいいかなー」
好条件ではなかろうか。いちくら街は美味しいものが多い。気になったら食べてみたいが何分収入がない。エンは食べ物を好きに買うための資金が欲しいのだ。店番をするだけでお菓子も食べられるしお金も手に入る。美味しい話だ。エンの決断は早かった。
「やってみる」
「やったー! 助かるー!」
エンはすぐに店を見てみたいと湯飲について商店街に在るという店まで歩いた。もともと好奇心は旺盛な方だ。名前が出れば行ってみたいと思うし、誰かが知らないことをしていたら自分もしてみたいと思う。
エンは歩きながら湯飲からたくさんの話を聞いた。もう一人アルバイトが居ること、そのアルバイトが目立つこと、湯飲やもう一人がうるさいから客がいなくても店は賑やかなこと、客が来たらおやつタイム、そういえば神社好きなの?、物草ちゃん元気?、今日はよく煙の匂いがする、などなど。湯飲は終始話をしていて、エンもそれに相槌をうったり話をしたりしていた。無言で歩くよりも誰かと話をしていた方が早く目的地につく。そう言ったのは湯飲だったが、エンもなんとなくそんなような気がしていた。程なくして目的地に到着する。
湯飲が引き戸を引いて元気よく店番をしていた男性に挨拶した。
「ただいま真嶋くん!!」
「おかえりィ!!」
カウンターに頬杖をついていた男性が姿勢を正す。でかい。エンは男性を見上げる。髪がどピンクだ…確かに目立つ。真嶋は湯飲の後ろで見上げるエンに気付くと首を傾げた。
「お客さん?」
「あ! いやバイトちゃん!」
「は?」
男性が目を丸くした。湯飲みお構い無しに続ける。
「エンちゃん、こちら真嶋優くん! さっき言ってた目立つバイトくん! 真嶋くん! こちらエンちゃん! さっき出会った新しいバイトちゃん!」
「よろしくね」
「おう! よろしくな!」
湯飲の紹介でエンは真嶋に会釈する。真嶋もつられて会釈し返した。しかしすぐに驚いた顔になる。
「えっ、いやいやいやいや、待って待って待って湯飲さんホント自由だな!?」
「ゆのみさん…? おゆ、ゆのみさん?」
真嶋の呼んだ彼女の名前が自分の聞いたものと違う。エンは湯飲に視線をやった。ゆのみおゆと言うのだろうか、エンの頭の上には沢山の疑問符が浮かんでいた。エンの様子を見た真嶋が苦笑した。
「湯飲さんまたお湯って名乗ったんでしょ。エンちゃん、この人は湯飲白湯(ゆのみ さゆ)って名前なんだわ、白湯ってお湯だからお湯って名乗ってるっぽい」
「なるほど〜…?」
「お湯を布教したくて! お湯は! いいぞ! おいしい! エンちゃん、真嶋くん仲良くね! ところでエンちゃんはお菓子何が好き?」
「なんでも すき」
斯くしてエンのアルバイト生活は幕を開けたのだった。

「おかし おいしいから なんでも すき だな〜……」
嵐のような不思議な出会いだったと思う。この店は店主が遊びに来いと誘った時、出勤扱いにしてもいいと言われるためその分も働いた時間に含められる。真嶋が雪合戦をするために朝から【ゆのみ】に訪れた際も出勤扱いにしてくれていたらしい。湯飲が金持ちなのかはたまた馬鹿なのか定かでないが単純に給料も良い。仕事はゆるいし給料はいいしでエンはかなり満足していた。なによりもお菓子が出るのがいい。それに、
「エンちゃーん!」
湯飲の呼ぶ声がして、エンは作業場を覗いた。
「どうしたの?」
「湯呑みは2週間から1ヶ月後くらいまで楽しみにしてて欲しいんだけど、最高に可愛いのができたからネタバレしていい?!」
「ねたばれ? うん、いいよ」
「飴玉と鳥居とケモ耳イメージしたやつにしたよ! 後で色つけるね!」
「とりい?」
「そう鳥居! エンちゃんよく神社にいるからさ、好きなのかなーって思って!」
「……! じんじゃ すきだよ」
「そっかー! よかったー! 出来上がるの楽しみだねー!」
「うん。たのしみ。えんの ゆのみ」
エンはほくほくとした気持ちのままに顔を綻ばせた。
エンは【ゆのみ】のアルバイトに満足していた。給料はいいし、何よりお菓子が出る。そして、店の人間のこともそれなりに気に入っていた。店主が彼女ではなければお菓子は出ないだろうしここまで給料も良くないだろう。

「えんね ゆのみ すきだよ」
エンが湯飲に向かってはにかむと湯飲は嬉しそうに笑ってピースした。

  • 最終更新:2017-12-06 13:21:57

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